ホークス日本一

2011年11月21日

クライマックス・シリーズで感動的な熱戦を展開したホークスは、日本シリーズでも、まさしく7試合全てを闘って、接戦を制しました。それはリーグ優勝、クライマックス・シリーズを勝ち抜いての、素晴らしい戦いの連続でした。本拠地ではお互いが負けた。2点以上の得点がとれないという厳しいものの連続でした。ホークスはヤフードームで2敗して中日球場で3勝し、そしてヤフードームに帰ってきて、1敗して3勝3敗。そして7試合全てを戦うことになりました。全ての野球フアンには最高の試合経過になったのではないでしょうか。私自身は地元福岡で、その本拠地に構える球団を応援する普通の市民に過ぎませんが、その私が夢中になったのです。本物のフアンはたまらなかった事でしょう。それは、どの試合も拮抗した試合展開で、緊張感が毎試合続いた結果だからです。
プロ野球が少し人気が落ちていたことは間違いないことです。プロスポーツが増えた結果、人は楽しみの選択肢が増えて、フアンが分散しています。
往時の大相撲やラグビー人気が嘘のように萎んでしまいました。そんな中での日本シリーズの盛り上りでした。それは本当に真剣勝負であり、真摯なプレーが連続した結果で、俄かフアンの私も興奮してしまいました。
このような名勝負が続けば、大相撲もラグビーもやがて復活する事でしょう。
真剣勝負は、どのスポーツでも盛り上がります。体操の内村選手やアイススケートの高橋選手などの人気も当然のことです。若い人達の間ではとても正当な評価がされていて、多くのフアンがいます。
そして、インタビューされた選手のコメントの見事さに感心させられます。
昔の選手は口下手が通り相場でしたが、今の20代、30代の現役選手のコメントには社会性があります。大震災に言及したり、関係者にお礼の言葉を伝えたり、競争相手を称えたり、きちんと社会と向き合ったものの言葉になっています。普段考えていることが、とてつもないトレーニングを経て、勝負の世界を勝ち抜いていくうちに、とても鍛錬されていくのではないでしょうか。付け焼刃ではないものの素晴らしさがあります。
そこに文武両道の一端を見ているように思います。

クライマックス・シリーズ

2011年11月18日

ホークスがクライマックス・シリーズを制しました。家族で見ていて、皆、大騒ぎでした。そのあとのテレビ番組の選局が難しかったですね。この試合があまりにも感動的で、とてもそれを超えるものはないからです。

投手戦は変化に乏しく面白くないのが普通ですが、この試合に限っては違っていました。終盤、8回9回には「もうそこまで投げれば十分・良く投げた」との思いが強くなっていきました。見る側にそんな感覚を起こさせるものでした。そして延長戦に入った時、交代させたいと思ってしまいました。肩の不調を押しての9回完投、しかも得点ゼロに抑えている。もう十分です。しかし、試合というものはそうは行きません。延長に入って、ついに1点を取られました。
杉内が泣きました。マウンドで動けなくなりました。満員の観客のグランドの真ん中で泣いた。もう限界でした。本当に良く頑張ったものです。マウンドを後にする杉内に観客から健闘を称える拍手が沸き起こりました。打たれた投手の気持ちが痛いほどわかります。観客とグランドが一体になっていました。
その裏にホークスが同点に追いつくと、今度は西武の涌井が泣きました。抑えに抑えていたホークス打線についに捉えられ、帽子を目深にかぶり、涙を隠すようにベンチに下がった涌井。もう敵も味方もない、球場全体が一体になってしまいました。そして11回、ホークスがサヨナラ劇を創り上げます。
テレビの前では家内と娘と孫達が抱き合って大騒ぎ。球場も全ての観客が総立ちになりました。
ベンチから引き上げる時、負けた西武の選手が球場に向かって深々と頭を下げ、退場したのが印象的でした。厳しい接戦を戦い抜いた後には、自然にその場に頭を下げる気もちになるのでしょうか。

感動の時間を共有しました。球場にいた観客はもちろん、テレビ観戦の全国のフアンも感動したでしょう。それは演出されたものではない本物の感動です。体の奥深いところから湧き上がってくるものでした。

致知出版社

2011年11月17日

致知出版社は小さな企業ですが、大きな力を持っています。今の社会にとって必要な企業です。大切にしたい会社という事であれば、この出版社が取り上げられると思います。30年の業暦を超えた会社です。
代表的な出版物が月刊致知です。

その中心課題は人間学にあります。掲載される記事の内容は様々です。優れた経営者や政治家、市町村自治体の長、零細企業の経営者、技術者、農業や林業、漁業を専業にしている人や、小学校の教師、そして高齢者で生涯現役の人達、スポーツ選手。障害者で頑張っている方々。

私はこの月刊誌によって、本当に多くの事を知ることが出来ました。いつも経営を競争という視点だけで捉えていたのですが、その根底にあるものは、それ以外のことが大きいと考えるようになりました。

私のコンサルタントとしての人生はランチェスター経営の竹田陽一先生によって、踏み出すことができました。コンサルタントというよりも、人生の後半全てに大きな影響を受けたというべき方です。竹田先生が提唱する[弱者の戦略」を学び、現在もそれを経営の基本原則に据えています。

弱者の戦略とは、挑戦者の戦略と置き換えるとより理解しやすいと思いますが、条件が不利な立場にあって、自らの成長発展に欠かせない道筋を見つけ出していくものです。
従って、殆どの企業に当てはめることができます。自分が不利な立場であれば、この方法をとれば良いからです。新規参入は勿論、人材も資金も、優れた商品も持たない時には、この戦略を採ります。
その核心部分は対象の的を絞り、そこに持てるエネルギーを集中させることにあります。その結果、「レンズの焦点を絞ると紙が燃える」のと同じ原理が起きます。

このことを実践し、他を圧倒するまでに高めたのが、出版界では致知出版社です。多分、競争相手の事など念頭には無かったのではないでしょうか。どこよりも人間学について掘り下げて取り組んだ結果、多くの出版社に真似できないレベルに到達したのでしょう。

多くの経営者はもちろん、多方面に採用されて、読まれている本ではないでしょうか。

吉田茂の防衛大学卒業訓示

2011年11月14日

倫理法人会モーニングセミナー

11月8日のモーニングセミナーでは、熊本の土地家屋調査士、田口一法さんがご夫婦の事やご両親の事、ご兄弟について、ありのままに淡々とお話しをされました。貧困の中で中学を卒業して、少年自衛隊に入隊。父親が貧しくても何とか進学させたいと探した結果、この進路を見つけたそうです。
自衛隊の先輩の話に吉田茂の訓示がありました。国家を代表する人の訓示とはどのようなものか、今の政治家は勿論、そして私達にとっても考えさせられるものでした。ネットにその訓示が掲載されていますが、私が小学校6年生の時の事です。
この訓示は現在の日本そのものでした。
吉田茂の防衛大学卒業訓示

君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく、自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。
言葉を換えれば、君達が日陰者である時の方が、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。
一生御苦労なことだと思うが、 国家のために忍び堪え頑張ってもらいたい。 自衛隊の将来は君達の双肩にかかっている。 しっかり頼むよ。
1957年(昭和32年)3月26日 防衛大学校 第1期学生 卒業式にて
吉田茂 元内閣総理大臣 訓示

優れた経営者の背景

2011年11月13日

最近話題の土光さんの本を読みました。東北大震災の復興、日本の復興という事に国民の意識が高い時期。優れたそして気骨のある経営者の代表として、その著書が取り上げられています。土光さんの著書もあり、その関連で石坂泰三の事を取り上げた本を読み返すと、その友人として石田禮助の著書があります。いずれも本人のインタビューを基礎に書かれたものですが、小説として城山三郎が好んで題材にした人物群でもあります。日本を代表する日本人的な経営者です。

面白いことに、優れた経営者の前後に優れた経営者がいて、深い交流をしています。石坂泰三と石田禮助、土光敏夫はサラリーマン経営者ですが、国を背負った堂々たる経営者です。日本と世界を結び付けて大きなスケールで考えることができた人たちです。

では創業者たちはどうかと考えると、松下幸之助を筆頭に、本田宗一郎、井深大、吉田忠雄、近年の稲森和夫といった錚々たる顔が浮かびます。一代で世界企業を創りだした経営者たちもまた、多くの著書を残しているので、お互いに深くつながって影響し合ったことが分かります。

私は大企業で働いた経験がない事と、仕事柄、中小零細企業を専門に研究するために他人事のような感覚が強く、狭い範囲でしか考えられませんでした。
ここにきて改めて経営者の人間的な面の共通点に興味が湧いてきました。
最大の共通点は日本人であることです。この人たちが日本を成長させてきたという事実です。

ではどんな日本人だったのでしょうか。どんな特徴があるのでしょうか。
経営者としての気構え、気骨というものがとてもはっきりとしていることがあげられます。どの経営者も企業小説家にとっては、特に城山三郎にとっては、小説のモデルになると思われます。

本田宗一郎の著書には、三方良しの姿勢が明確に書かれています。
「つくる者の喜び、売る人の喜び、買ってくれる人の喜び」です。どれも欠けてはならないと書かれています。それは世界に対しても全く同じです。「人件費が安いところで作れば、製品が安くできるという考えは危険な考えである」、搾取であると書いています。
YKKの創業者である吉田忠雄もまた、その国で作ったものは、その国の人のためのもので、安く作って、それを高く売れる国に持っていく事をしてはならないと断じています。
貧しかった日本が生き抜いてきた時の経営者の姿勢です。今の企業経営者の姿勢とはかなりの差があるように思います。
ソニーの創業者の会社設立趣意書は終戦の翌年に書かれたものです。そこには技術者の働く喜びが書かれています。食糧に困っていた時代に、社員の生活は心配させないと書き込まれています。
井深さんと本田さんは良き仲間だったと回想録にあります。生き方が同じだったのでしょう。その精神的な強靭さが、敗戦から復興し高度成長を支えて行ったのではないかと思うのです。物が無かったから作れば売れたという側面はありますが、それなら貧しい国は全てそうなるかと言えば、そうでない国が多くあります。

優れた経営者の背景はどのようなものなのか、とても関心が強くなっています。

経営者の精神

2011年11月12日

いつの時代にも素晴らしい経営者がいるものですが、それでも昭和を代表する人たちは特徴がありそうです。思いつくままに名前を上げると石坂泰三、石田禮助、土光敏夫などのサラリーマン経営者の流れがあります。一方、優れた創業者がいます。
松下幸之助、吉田忠雄、井深大、本田宗一郎、稲盛和夫といった方々が代表でしょう。その人たちの特徴は何があげられるのでしょうか。

創業期の記録や自伝、社史に書かれていることから読み取ることができます。
昭和も早い時代なら、丁稚の修行時代があります。幸之助さんの丁稚は知られていますが、本田さんも丁稚時代を過ごしています。吉田さんは学問に熱心で貧しかった家計を助けながら、学び続けました。井深さんは恵まれた家庭で育ち、大学に進みました。稲盛さんは貧しい家庭でしたが大学に進みました。

創業までのいきさつは異なりますが、強い精神力があります。永い歴史を支えてきたものにその精神力を鍛えることがありました。つまり日常的にその精神力を磨く仕組みができあがっていたのです。簡単にはギブアップしない訓練を子供のころから生活の中で続けてきたからです。

苦難な時も基本的に明るい事もあげられます。明るさは力強さの裏付けによるものです。少々のことではあきらめない粘りもあげられます。そして戦争体験者です。すべての物を無くしてしまう、命も失うという事を体験した人たちの強さは、比較するものがありません。

以上のような精神力が特徴的ですが、一方で社会とのかかわり方も強い意志があります。
経営者としての姿勢の中心に、近江商人の三方良しが体に浸透しているのがもう一つの柱です。つまり経営者はこの精神を必要とするという事が常識になっていることです。

天神倫理法人会

2011年11月10日

倫理法人会のモーニングセミナーに参加しましたが、とても気持ちが落ち着きました。各地で開催されていますが、ご縁があって天神地区の会に入会。今朝は会員スピーチということで6名の方が話をされましたが、6者6様、それぞれに内容があるものでした。

大阪出身のお掃除屋さんは「何が無くても笑顔があれば道は開ける」という方です。
本当にその通りでしょう。笑顔で激怒する事は出来ません。最近は深刻な顔の人が多いので、なお更でしょう。事実、印象に残る笑顔で取引先が増えているそうです。

心と身体の指導をしている女性は、内観の話しです。捉われを捨てていくと、肩や背中の力が抜け、とても楽になった体験談でした。本当に落ち着いた声と話し方にひきつけられました。

魚加工メーカーの社長は、企業訪問の話をされました。伊那食品では48期増収増益なのに、数値目標はなく、今期の課題は「更に気配りを」だけだそうです。経営の目的は社員の幸せを追求する事のみ。3万坪の山の中に社屋、研究所、レストラン、その他の施設全てが社員の手作りです。近いうちに見学に行きたくなりました。

4人目は34歳独身男性。結婚願望ゼロなのに来春、結婚する事になった、そのいきさつに大笑いでした。ジョギング中に連れの女性が車に接触事故。怪我も無く無事だったのですが、警察や関係者から「二人の関係は」と4回も聞かれ、そのたびに「結婚するかも知れない人」と答えているうちに、結婚の約束をしたとのことでした。

65歳のカメラマンは笑顔で元気に応対していると指名が増えてきたとのことでした。
社員に仕事を移行するために現場から離れることばかり考えてきたそうですが、お客の反応は逆になっていました。結果的に注文が増えて、益々、現役を続ける意欲が強くなったそうです。

最後に少年サッカー指導者から「グリーンカード」の話がありました。数年前から日本サッカーの強さが目立つようになったその理由の一つがグリーンカードだろうとのことです。レッドカードやイエローカードは反則の時ですが、グリーンカードはゲーム中に良いことをした時に使うのだそうで、少年の部だけに適用されるとの事です。これが少年達の心を育てているのではないかということでした。確かに裾野を広げるには良い方方でしょう。

それぞれに味のある話で、心が洗われた気分になりました。
皆様、とても前向きで明るく日常に取り組んでいます。こんな人達が周り増えてくれば、日本は心配ないと本気で感じた時間でした。

ブルーオーシャン

2011年11月9日

ブルーオーシャンの基本は独創性の追及にあります。それが競争の無い世界を切り拓くからです。分野は様々で、商品分野であれば新商品開発、事業領域であれば新事業開発、営業方法であれば誰も取り組んでいない方法になります。
新商品は社会が進化すれば、それに応じた商品が求められ、新しい業態が必要になります。
商品では携帯電話が最近の事例になりますね。その進化は凄まじいものですが、元々、電話線で繋がっていたものが、無線化され多事から一気に進化が進んでいきました。自動車に電話がついていたのに驚いたことがあります。
今はスマートフォンになり、携帯パソコンとしての機能が拡大されています。
販売の形態も様々になりました。例えば保険業界や証券会社では訪問セールスがすべてでしたが、店に来てもらう来店型、ネット販売などが普通になってきました。
それは販売方法の新しい分野を切り拓いたものでもあり、それを最初に始めたところは画期的で、ある種のブルーオーシャンともいえました。ただ長く優位性を持つことはできませんでした。通販の世界も同じです。テレビショッピングもまた同じです。販売方法は結局、だれでも同じ方法を取り込むことができるために、優位性を保つことができません。ブルーオーシャンというものは長く優位性を維持できることが条件といえます。他の追随をゆるさないもの、その価値を有する時にブルーオーシャンといえるのでしょう。再生クラブではブルーオーシャンの講座を開設していますが、中小企業にとって重要な分野だと考えているからです。独自の商品や、どこにもないサービス、技術といったものを作らない限り、経営を持続させることは難しいものです。ところが中小企業の場合は経営者が多忙過ぎるために、分かっていても、正面から取り組むことができません。
そこで時間も短縮できて、プロセスもある程度分かっていて、取り組み易いものになれば、かなりの問題は解決すると考えました。
そのための専門講座です。
簡単な現状分析をいたします。現状分析の多くは決算書をベースにするものですが、ここではまったくその必要がありません。思いつくまま、いきなり書き始めることができます。まずはこの現状分析に取り組むことから始めます。とても面白い作業です。それはやがてブルーオーシャンにつながっていくのです.